INTRODUCTION

INTRODUCTION

PROLOGUE

UNION LAがオープンして、今年で30周年。現在も当時と同じLA BREA通りに居を構えるこの小さなショップが、世界初のストリートウェアブティックであることは紛れもない事実であり、それ故その歴史は、ストリートシーンにおけるファッションカルチャーの歴史と同意義である。そして驚くべきことに、今なおUNIONはストリートの最前線に立ちながら、フレッシュとクラシック、アンダーグラウンドとオーバーグラウンドなど、あらゆる要素をイノベイティブな目線でクロスオーバーさせ、時代を力強く牽引し続けている。そんなUNIONが積み重ねてきた30年と、さらなる進化を遂げるこれからの30年。その大いなる軌跡と未来への布石をここに集約する。

EARLY DAYS

1991年に産声をあげたUNION LA。しかしその前段には、1989年、NYのSOHOにオープンした1号店、UNION NY(2010年に閉店)の存在がある。立ち上げたのは、後にSUPREMEを設立し時代の寵児となるJAMES JEBBIAと、その当時のパートナーMARY ANN FUSCO。当時、世の中にはまだ「ストリート」という言葉が存在もしなかった時代。そんな正解もお手本も何もない中で、ふたりはNYのリアルな生活の中で培ってきた感性だけを頼りに、LA発のサーフブランドであったSTÜSSYや地元のアップカミングなブランドを中心にキュレーションしたスペースを作り上げた。そのカッティングエッジなラインナップは、瞬く間に口コミで拡散。SNSはおろかインターネットも普及していないアナログ時代に、その後30年以上に渡り続くことになる、「ストリートファッション」の雛形を完成させた。

THE STÜSSY UNION

80年代の最後の年に、どこよりも早く「ストリート」というスタイルを定義したUNION NY。そこには言わずもがな、当時のNYストリートシーンを象徴する多くの才能が集っていた。中でも後の歴史に大きく関わった人物、EDDIE CRUZ。彼の存在なくして、現在まで続くUNIONの躍進を語ることはできない。なぜならこのEDDIEこそ、1991年にNYからLAへと移り住み、UNION LAをスタートさせた張本人だからである。当初EDDIEは、今なおUNIONの盟友であるSTÜSSYとのコラボレーションショップとして「THE STÜSSY UNION」をLA BREA通りにオープンさせる。その後STÜSSYを同じ通りの2軒隣へと独立移転させ、今のUNION LAの形が完成。西海岸のライフスタイルとカルチャーに則って、本家NY店とはまたひと味違う方向性で発展していく。他方NYでは、またひとり後のUNIONの未来を握る人物がスタッフとして参加。現UNIONのオーナー、CHRIS GIBBSである。CHRISは当時のガールフレンド(現在の妻 BETH GIBBS)を介してJAMES JEBBIAと知り合い、1996年にUNION NYで働き始める。そしてそのセンスと才覚を買われ、2003年にLA店へと移籍。現在のUNIONのスタイルへと繋がる、独自の目線を秘めたバイヤーとしてのキャリアをスタートさせる。

ENTER THE FRONTMAN

UNION黎明期のメインアイコンとして使用されたグラフィック、FRONTMAN。諸般の事情でここ数年は使用されてこなかったこの傑作トレードマークが、生誕30周年を迎える今年、満を持して復活する。だがこれまでUNIONは、このFRONTMANのモチーフが何なのか、あえてその出自を公に語ってこなかった。だからこそ、その正体を巡って、ファンの間ではさまざまな憶測が飛び交った。ある人はダンサーのムーブだと考え、またある人はスケーターのトリックシーンだと推測した。頭上に乗ったリング(HALO)から、天使の姿だと認識していた人も多いだろう。そんな見るものに想像の余地を残す曖昧さを、UNIONは好意的に捉えてきた。しかし30周年というこのビッグアニバーサーリーに合わせて、ここで遂にその出自を明かす。実はこのグラフィックは、初期クルーで盟友のひとりSUNG CHOIによるデザインであり、1950年代にアフリカ系アメリカ人の女性劇作家としては初めてブロードウェイで作品を上演したLORRAINE HANSBERRYによる名作、『A RAISIN IN THE SUN』の映画版初期ポスターからインスピレーションを受けた作品。つまりこのFRONTMANは、今から60年以上前に黒人の葛藤とプライドをテーマに描いた、ブラックカルチャーにおける革命的作品をモチーフとしていた。当時のUNIONが何故このグラフィックをトレードマークに起用したのか。その意味を、いま改めて考えてもらいたい。

URAHARA ERA & SNEAKERS

A BATHING APEやNEIGHBORHOOD、WTAPS、VISVIMなど、今や世界を席巻するに至った日本生まれのブランドたち。その存在をいち早くアメリカ国内に紹介したのも、UNION LAだった。00年代、当時のLAオーナーEDDIE CRUZは、同じファッション感覚を共有した藤原ヒロシとの友情を介し、多くの日本ブランド、所謂「裏原ブランド」とコネクションを形成。EDDIEはそのアイディアとクオリティに感嘆し、それら裏原ブランドにとって初めての海外ディーラーとして取引を開始した。そして同時期、UNION LAはスニーカーのセレクトでも名を馳せる。当初はスタッフが個人的に発掘したスニーカーをラインナップしていたが、ある時、EBAYで手に入れたGUCCIやLOUIS VUITTONのヴィンテージ生地をリメイクしたカスタムメイドのAF1を販売すると、多くのセレブリティを筆頭に、世界中から問い合わせが殺到。この時ショップの前には、開店以来初めて行列が作られた。この出来事をきっかけにスニーカーでも注目を浴び始めたUNION LAは、CHRIS主導のもと、当時アメリカでは注目の対象外だったDUNKのジャパンリミテッドモデルを逆輸入。見事にブレイクさせ、同モデルのリブランディングに成功する。さらに世界初のNIKE SB取扱店にも抜擢され、同店はプレミアムスニーカーブティックとしての顔も確立する。その後スニーカーブティックとしての機能は、同じく現在もLA BREAに出店しているUNDEFEATEDとして独立展開することとなる。

UNION ORIGINAL

2010年、それまでUNION LAの看板バイヤーとしてショップの世界観を作り上げてきたCHRIS GIBBSが、新オーナーに就任。日米のストリートブランドブティックとして機能していたUNION LAのラインナップに、RAF SIMONSやMARNIなどヨーロッパのハイブランド、そしてCOMME des GARCONやOAMCなどのデザイナーブランドも精力的に取り入れるようになる。それは現在のラグジュアリーなストリートスタイルの隆盛を予見した展開であり、同時にその旗振り役としての意思表示でもあった。その一方で、GOSHA RUBCHINSKIYやBIANCA CHANDON、BRAIN DEADなど、ニューエイジなストリートブランドも休みなく発掘し続け、2017年にはトータルラインナップのピースを埋めるオリジナルブランド「UNION ORIGINAL」も設立。さらに2018年には、そんな他の追随を許さないまでに磨き上げられたセレクションを引っ提げて日本に進出、神宮前2丁目にUNION TOKYOをオープンさせる。またCHRISはコラボレーションにも積極的に取り組み、同年にはスニーカー史に名を刻んだJORDAN BRANDのコラボレーションをはじめ、STÜSSY、MARNI、KAWS、ADIDAS、CONVERSE、VANSなど、ブランドの出自やジャンルに捕らわれることなく、さまざまなパートナーとのコラボレーションを実現させている。

30 YEAR COLLECTION

そして2021年。30周年を迎えたUNIONは、リローンチを果たした「FRONTMAN」の旗印とともに、ファッションカルチャーとしてまた新たな時代に突入する。培ってきたクリエイティビティを詰め込んだ「30 YEAR COLLECTION」や、年間を通してリリースが予定されている、歴史と信頼に裏付けされた多種多様なコラボレーションなど。あらゆる角度、あらゆる視点、あらゆるコネクションから展開されるこのスペシャルなアニバーサリーイヤーを存分に堪能して欲しい。

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