ロバート・グラスパーが年末年始の東京にやってくる。J・ディラをはじめとするコンテンポラリーなブラックミュージックやヒップホップ、それにインディ・ロックといった他ジャンルの音楽と接続しながら21世紀のジャズを更新し続ける異形のピアニスト/音楽プロデューサーについてより深く知るなら、この機会を逃す手はない。そしてその過程できっと気付くだろう。彼の音楽やアティテュードが、UNIONのカルチャーとも共振するものであることを。
「ビョークにレディオヘッド、リトル・ドラゴン、ホセ・ゴンザレス、ニルヴァーナも好きだね。メロディックなものが好きで、ヒップホップについてもそう。ア・トライブ・コールド・クエスト、ピート・ロックとか」。
ロバート・グラスパーによるこの発言は、『Jazz The New Chapter ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』(シンコー・ミュージックMOOK)に掲載されたもので、インタビューの冒頭、個人的に好きな音楽について聞かれた質問への答えになる。また同誌で、「若いジャズ・ミュージシャンが聴いておくべき音楽を薦めてほしい」という質問にも彼はこう答えていた。
「J・ディラだね。スラム・ヴィレッジの『Fantastic Vol.1』と『Vol.2』、『Welcome 2 Detroit』、『Donuts』……。ディラは全て聴くべきだ」
ピアノ・トリオで録音された『In My Element』(2007年)に収録されている、J・ディラがプロデュースした4曲をメドレー的に演奏した楽曲「J Dillalude」。それに2019年にニューヨークのブルーノートで行われたトリビュートライブでの熱のこもった演奏。ロバート・グラスパーのJ・ディラに対する並々ならぬリスペクトや親交の深さは、ファンの間ではよく知られた話となっている。ここでもうひとつ、音楽ガイドメディア「Mikiki」が2015年に行ったインタビューからも、J・ディラについて語られた部分を抜粋して紹介したい。
「J・ディラは類い稀なプロデューサーだった。ミュージシャンがもともと持っているものを上手く料理するのがプロデューサーの仕事であるはずなのに、J・ディラの場合はミュージシャンのプレイの仕方まで変えてしまうほど影響を与えるんだ。俺の演奏スタイルがいまこういう感じなのもJ・ディラのおかげ。(ピアノの)タッチやフレーズの重ね方とか、そういったところは本当に影響を受けている」
かつてジャズの巨人たちが20世紀半ばのマンハッタンで、バードランドやヴィレッジ・ヴァンガードといったジャズ・クラブの閉店後にセッションし研鑽を積んでいた姿に、デトロイトの故J・ディラ宅を訪れ多大なインスピレーションを得たロバート・グラスパーを重ねてみることはできないだろうか。そうして想像を膨らませると、彼がその象徴となった「ジャズ新時代」や「21世紀ジャズ」なる時代区分が単なる言葉遊びでないことがわかる。ビル・エヴァンスやセロニアス・モンクが目にすることのできなかった、ヒップホップやインターネットが勃興したあとの世界。冒頭に引用した『Jazz The New Chapter』にはこうも書かれていた。
「もしもマイルスの時代にYouTubeがあったら、ジャズは全然違うものになっていただろう。そんな多くの音楽から選べる時代に生まれてきたのが俺たちの世代だ」
作品からロバート・グラスパーというミュージシャンを読み解くなら、その糸口はやはり『Black Radio』シリーズだろう。エクスペリメント名義で録音されたこのシリーズは2022年時点で第3弾までが録音され、大幅に補強されたデラックス版のリリースも恒例となっている。
その中でも2012年にリリースされた第一弾は、現在に至る彼の評価を決定づけるエポックメイキングなものだった。“ジャズ新時代”の幕開けを告げた名曲「Aflo Blue」でのエリカ・バドゥをはじめ、モス・デフ(ヤシーン・ベイ)、ビラル、ルーペ・フィアスコといった旧知の仲間たちをゲストに迎えて制作されたこのヴォーカル・アルバムは、ジャズとR&B、そしてジャズとHIPHOPの2010年代における融合を大いに促進させ、後に彼自身も客演で参加することになるケンドリック・ラマーの歴史的名作『To Pimp a Butterfly』の誕生を準備するものになったと考えることができる。
タイトルを直訳すれば「黒人(または彼らが生み出す音楽)のラジオ」。音楽サイト「uDiscovermusic日本版」に掲載されたインタビューで、『Black Radio Ⅲ』(2022年)を通じてリスナーにどんなメッセージを伝えたいかという問いに対して彼はこう答えている。
「黒人として、私たちは団結しなければならない(As black people, we have to stick together)」
アルバムの制作時期から考えても、この発言が2020年のジョージ・フロイド殺害事件に端を発するブラック・ライヴズ・マター運動と呼応し、その中心となった黒人コミュニティに向けられたものであることは間違いないだろう。それを裏付けるように、同作の幕開けを飾る一曲目の「In Tune」は、詩人のアミール・スレイマンによるこんなポエトリーリーディングから始まっている。
「We don’t play music, we pray music(わたしたちは音楽を演奏しているのではない。祈っているのだ」
また同作の2曲目「Black Superhero」について彼はこんなコメントも残している。
「若い黒人たちにとって、アメリカ社会で成功することはとても難しいこと。だから、自分の身近にメンターやヒーローだと思える人がいるこということは、彼らにとって非常に大切なことなんだ。まるで、飛んできて自分を助けてくれるようなスーパーヒーローみたいな存在(希望を与えてくれ、支えてくれる存在)が必要なんだ」
かつて伝説的なジャズ・ミュージシャンのサン・ラは、長年にわたって差別を受け続けてきた黒人にとってのひとつの救い、ユートピア思想として、自分たちのルーツを宇宙に求めた。グラスパーが言うところのスーパーヒーローもまた、同じなのかもしれない。
ジャズという音楽は、ここ日本ではただムーディーで小洒落たBGMかのように消費されてしまいがちだが、少なくともロバート・グラスパーをそうして聴き流すのは勿体なさすぎる。彼の音楽には確かにメッセージがあり、この時代を知るきっかけがあり、エデュケーションがあるのだから。洋服をただの衣服ではなく、コミュニティが育むカルチャーの産物であることを知るUNIONのファンなら、きっとその大切さを分かってくれるのではないだろうか。
ROBERT GLASPER @robertglasper
1978年4月6日、テキサス州ヒューストン出身のジャズ・ピアニスト/音楽プロデューサー。 音楽一家で育ち、とりわけ母親(ブルース/ジャズ/ゴスペル歌手のキム・イヴェット・グラスパー)の影響で幼少期からピアノを弾き始める。2003年、ロバート・グラスパー・トリオ名義の『Mood』でアルバムデビュー。2013年にはアルバム『Black Radio』でグラミー賞ベストR&Bアルバム部門を受賞した。
ROBERT GLASPER TRIO@BLUE NOTE TOKYO
12/30 - 1/7 ※1/1を除く
メンバー:ロバート・グラスパー(ピアノ)、バーニス・トラヴィス(ベース)、ジャスティン・タイソン(ドラムス)、ジャヒ・サンダンス(DJ)
▼12/30(金)、1/2(月)、1/3(火)、1/7(土)
1st Show - OPEN 16:00 / START 17:00
2nd Show - OPEN 19:00 / START 20:00
▼12/31(土)
1st Show - OPEN 18:30 / START 19:30
2nd Show(カウントダウン) - OPEN 22:00 / START 23:00
▼1/4(水)、1/5(木)、1/6(金)
1st Show - OPEN 17:00 / START 18:00
2nd Show - OPEN 19:45 / START 20:30
※1/3(火)2nd Showのみインターネット配信(有料)実施予定
【MUSIC CHARGE】
[会場観覧] ¥12,000
※12/31(土)2nd Showはミュージック・チャージ+グラスシャンパン ¥15,500
[配信視聴] 一般:¥3,300 / Jam Session会員:¥2,200
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/robert-glasper/
TEXT:YOHSUKE WATANABE (IN FOCUS)
ロバート・グラスパーが年末年始の東京にやってくる。J・ディラをはじめとするコンテンポラリーなブラックミュージックやヒップホップ、それにインディ・ロックといった他ジャンルの音楽と接続しながら21世紀のジャズを更新し続ける異形のピアニスト/音楽プロデューサーについてより深く知るなら、この機会を逃す手はない。そしてその過程できっと気付くだろう。彼の音楽やアティテュードが、UNIONのカルチャーとも共振するものであることを。
「ビョークにレディオヘッド、リトル・ドラゴン、ホセ・ゴンザレス、ニルヴァーナも好きだね。メロディックなものが好きで、ヒップホップについてもそう。ア・トライブ・コールド・クエスト、ピート・ロックとか」。
ロバート・グラスパーによるこの発言は、『Jazz The New Chapter ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』(シンコー・ミュージックMOOK)に掲載されたもので、インタビューの冒頭、個人的に好きな音楽について聞かれた質問への答えになる。また同誌で、「若いジャズ・ミュージシャンが聴いておくべき音楽を薦めてほしい」という質問にも彼はこう答えていた。
「J・ディラだね。スラム・ヴィレッジの『Fantastic Vol.1』と『Vol.2』、『Welcome 2 Detroit』、『Donuts』……。ディラは全て聴くべきだ」
ピアノ・トリオで録音された『In My Element』(2007年)に収録されている、J・ディラがプロデュースした4曲をメドレー的に演奏した楽曲「J Dillalude」。それに2019年にニューヨークのブルーノートで行われたトリビュートライブでの熱のこもった演奏。ロバート・グラスパーのJ・ディラに対する並々ならぬリスペクトや親交の深さは、ファンの間ではよく知られた話となっている。ここでもうひとつ、音楽ガイドメディア「Mikiki」が2015年に行ったインタビューからも、J・ディラについて語られた部分を抜粋して紹介したい。
「J・ディラは類い稀なプロデューサーだった。ミュージシャンがもともと持っているものを上手く料理するのがプロデューサーの仕事であるはずなのに、J・ディラの場合はミュージシャンのプレイの仕方まで変えてしまうほど影響を与えるんだ。俺の演奏スタイルがいまこういう感じなのもJ・ディラのおかげ。(ピアノの)タッチやフレーズの重ね方とか、そういったところは本当に影響を受けている」
かつてジャズの巨人たちが20世紀半ばのマンハッタンで、バードランドやヴィレッジ・ヴァンガードといったジャズ・クラブの閉店後にセッションし研鑽を積んでいた姿に、デトロイトの故J・ディラ宅を訪れ多大なインスピレーションを得たロバート・グラスパーを重ねてみることはできないだろうか。そうして想像を膨らませると、彼がその象徴となった「ジャズ新時代」や「21世紀ジャズ」なる時代区分が単なる言葉遊びでないことがわかる。ビル・エヴァンスやセロニアス・モンクが目にすることのできなかった、ヒップホップやインターネットが勃興したあとの世界。冒頭に引用した『Jazz The New Chapter』にはこうも書かれていた。
「もしもマイルスの時代にYouTubeがあったら、ジャズは全然違うものになっていただろう。そんな多くの音楽から選べる時代に生まれてきたのが俺たちの世代だ」
作品からロバート・グラスパーというミュージシャンを読み解くなら、その糸口はやはり『Black Radio』シリーズだろう。エクスペリメント名義で録音されたこのシリーズは2022年時点で第3弾までが録音され、大幅に補強されたデラックス版のリリースも恒例となっている。
その中でも2012年にリリースされた第一弾は、現在に至る彼の評価を決定づけるエポックメイキングなものだった。“ジャズ新時代”の幕開けを告げた名曲「Aflo Blue」でのエリカ・バドゥをはじめ、モス・デフ(ヤシーン・ベイ)、ビラル、ルーペ・フィアスコといった旧知の仲間たちをゲストに迎えて制作されたこのヴォーカル・アルバムは、ジャズとR&B、そしてジャズとHIPHOPの2010年代における融合を大いに促進させ、後に彼自身も客演で参加することになるケンドリック・ラマーの歴史的名作『To Pimp a Butterfly』の誕生を準備するものになったと考えることができる。
タイトルを直訳すれば「黒人(または彼らが生み出す音楽)のラジオ」。音楽サイト「uDiscovermusic日本版」に掲載されたインタビューで、『Black Radio Ⅲ』(2022年)を通じてリスナーにどんなメッセージを伝えたいかという問いに対して彼はこう答えている。
「黒人として、私たちは団結しなければならない(As black people, we have to stick together)」
アルバムの制作時期から考えても、この発言が2020年のジョージ・フロイド殺害事件に端を発するブラック・ライヴズ・マター運動と呼応し、その中心となった黒人コミュニティに向けられたものであることは間違いないだろう。それを裏付けるように、同作の幕開けを飾る一曲目の「In Tune」は、詩人のアミール・スレイマンによるこんなポエトリーリーディングから始まっている。
「We don’t play music, we pray music(わたしたちは音楽を演奏しているのではない。祈っているのだ」
また同作の2曲目「Black Superhero」について彼はこんなコメントも残している。
「若い黒人たちにとって、アメリカ社会で成功することはとても難しいこと。だから、自分の身近にメンターやヒーローだと思える人がいるこということは、彼らにとって非常に大切なことなんだ。まるで、飛んできて自分を助けてくれるようなスーパーヒーローみたいな存在(希望を与えてくれ、支えてくれる存在)が必要なんだ」
かつて伝説的なジャズ・ミュージシャンのサン・ラは、長年にわたって差別を受け続けてきた黒人にとってのひとつの救い、ユートピア思想として、自分たちのルーツを宇宙に求めた。グラスパーが言うところのスーパーヒーローもまた、同じなのかもしれない。
ジャズという音楽は、ここ日本ではただムーディーで小洒落たBGMかのように消費されてしまいがちだが、少なくともロバート・グラスパーをそうして聴き流すのは勿体なさすぎる。彼の音楽には確かにメッセージがあり、この時代を知るきっかけがあり、エデュケーションがあるのだから。洋服をただの衣服ではなく、コミュニティが育むカルチャーの産物であることを知るUNIONのファンなら、きっとその大切さを分かってくれるのではないだろうか。
ROBERT GLASPER @robertglasper
1978年4月6日、テキサス州ヒューストン出身のジャズ・ピアニスト/音楽プロデューサー。 音楽一家で育ち、とりわけ母親(ブルース/ジャズ/ゴスペル歌手のキム・イヴェット・グラスパー)の影響で幼少期からピアノを弾き始める。2003年、ロバート・グラスパー・トリオ名義の『Mood』でアルバムデビュー。2013年にはアルバム『Black Radio』でグラミー賞ベストR&Bアルバム部門を受賞した。
ROBERT GLASPER TRIO@BLUE NOTE TOKYO
12/30 - 1/7 ※1/1を除く
メンバー:ロバート・グラスパー(ピアノ)、バーニス・トラヴィス(ベース)、ジャスティン・タイソン(ドラムス)、ジャヒ・サンダンス(DJ)
▼12/30(金)、1/2(月)、1/3(火)、1/7(土)
1st Show - OPEN 16:00 / START 17:00
2nd Show - OPEN 19:00 / START 20:00
▼12/31(土)
1st Show - OPEN 18:30 / START 19:30
2nd Show(カウントダウン) - OPEN 22:00 / START 23:00
▼1/4(水)、1/5(木)、1/6(金)
1st Show - OPEN 17:00 / START 18:00
2nd Show - OPEN 19:45 / START 20:30
※1/3(火)2nd Showのみインターネット配信(有料)実施予定
【MUSIC CHARGE】
[会場観覧] ¥12,000
※12/31(土)2nd Showはミュージック・チャージ+グラスシャンパン ¥15,500
[配信視聴] 一般:¥3,300 / Jam Session会員:¥2,200
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/robert-glasper/
TEXT:YOHSUKE WATANABE (IN FOCUS)