『DO THE RIGHT THING』、『SHEʼ S GOTTA HAVE IT』など数々の名作を手がけてきた映画監督スパイク・リー。以前本コラムでも触れた通り、彼の名はストリート、そしてブラックカルチャーを語る上で決して避けて通ることはできない存在だ。1992年公開の『マルコムX』も、そんな彼の代表作のひとつである。昨2025年はマルコムX生誕100周年という節目の年。このメモリアルなタイミングで、改めて今も語り継がれる名作を振り返る。
映画の話に入る前に、まずはスパイク・リーの並々ならぬこだわりについて触れておきたい。本作は、アレックス・ヘイリーによる『マルコムX自伝』を原作としているが、スパイク・リーは幼少期に母の勧めでこの書籍を手にして以来、「これ以上に大切な本はない」と語り続けてきた。だからこそ、この映画化は彼にとって何としても成し遂げなければならない仕事だった。当初は別の監督が候補に挙がっていたが、「白人監督にマルコムXを正確に描けるはずがない」と強く反発。その結果、自らがメガホンを取ることになったというエピソードは有名だ。
映画は、燃え上がる星条旗を背景に、ひとりの黒人男性が暴行される衝撃的なシーンから幕を開ける。これは、1991年に交通違反で逮捕されたロドニー・キングが、無抵抗のまま警官に暴行される実際の映像を引用したものだ。この事件がきっかけとなり、アメリカでは翌年、かの有名なロサンゼルス暴動へと発展していく。本作の公開当時は、黒人と白人の間に張り詰めた緊張感が高まっていた時代背景があったのだ。なお、警官たちに無罪判決が下され、ロス暴動が勃発した4月29日は、本作の第一回試写日だったという。果たしてこれは偶然だろうか。
物語はマルコムXの生涯を大きく三部の構成に分けて描かれる。幼少期から非行に走り、窃盗などの罪で刑務所に収監されるまでの第一部。刑務所内でブラック・ムスリム(ネーション・オブ・イスラム)の教義に出会い、回心し、黒人解放運動の指導者として頭角を現していく第二部。そして、ネーション・オブ・イスラムからの離脱、メッカへの巡礼(ハッジ)を経たスンニ派イスラムへの改宗、そして最終的な暗殺までを描く第三部。3時間を超える大作でありながら、丁寧な時代描写が、その長さを感じさせない。
例えば第一部で描かれるニューヨークのハーレムやボストン時代のマルコムX(当時の愛称はレッド)。彼はド派手なズートスーツに身を包み、コンク(薬剤で縮毛を矯正するスタイル)で撫で付けたヘアに、ブリムの長いハットを合わせているが、これは当時の黒人社会における“イケてる”ファッションであり、ボールルームでダンスを楽しむこともまた重要なカルチャーだった。ちなみに、親友ショーティー役としてスパイク・リー本人も出演している。
時代描写の巧みさに加え、本作を語るうえで欠かせないのが、デンゼル・ワシントンの圧倒的な演技力だ。刑務所でネーション・オブ・イスラムの教えに出会い、眼鏡をかけたマルコムXの姿は、写真で見る本人と瓜二つ。端正でスマートな佇まいはもちろん、所作や話し方に至るまで徹底した研究がうかがえる。いまだに本作でアカデミー賞を獲得できなかったことが不思議に思えるほどだ。また、ネルソン・マンデラが子どもたちに語りかけるシーンも、物語に一層の重厚さを与えている。
*SAMPLE / NOT FOR SALE
マルコムX本人の演説の力強さも特筆すべき点だ。ライミングを駆使した演説は、ラッパー顔負けのリズム感を持ち、後のヒップホップ・カルチャーにも多大な影響を与えた。非暴力を掲げたキング牧師とは異なり、暴力の可能性を完全には否定しなかったマルコムXの過激とも言えるアティテュードは、多くのラッパーたちに刺激を与えてきた。例えば機関銃を手にカーテン越しに外を警戒するマルコムXの有名な写真と、「By any means necessary(=必要ならどんな手段でも!)」という演説の一節を引用した映画のラストシーンは、往年のヒップホップ・リスナーならすぐにピンとくるはず。
『DO THE RIGHT THING』、『SHEʼ S GOTTA HAVE IT』など数々の名作を手がけてきた映画監督スパイク・リー。以前本コラムでも触れた通り、彼の名はストリート、そしてブラックカルチャーを語る上で決して避けて通ることはできない存在だ。1992年公開の『マルコムX』も、そんな彼の代表作のひとつである。昨2025年はマルコムX生誕100周年という節目の年。このメモリアルなタイミングで、改めて今も語り継がれる名作を振り返る。
映画の話に入る前に、まずはスパイク・リーの並々ならぬこだわりについて触れておきたい。本作は、アレックス・ヘイリーによる『マルコムX自伝』を原作としているが、スパイク・リーは幼少期に母の勧めでこの書籍を手にして以来、「これ以上に大切な本はない」と語り続けてきた。だからこそ、この映画化は彼にとって何としても成し遂げなければならない仕事だった。当初は別の監督が候補に挙がっていたが、「白人監督にマルコムXを正確に描けるはずがない」と強く反発。その結果、自らがメガホンを取ることになったというエピソードは有名だ。
映画は、燃え上がる星条旗を背景に、ひとりの黒人男性が暴行される衝撃的なシーンから幕を開ける。これは、1991年に交通違反で逮捕されたロドニー・キングが、無抵抗のまま警官に暴行される実際の映像を引用したものだ。この事件がきっかけとなり、アメリカでは翌年、かの有名なロサンゼルス暴動へと発展していく。本作の公開当時は、黒人と白人の間に張り詰めた緊張感が高まっていた時代背景があったのだ。なお、警官たちに無罪判決が下され、ロス暴動が勃発した4月29日は、本作の第一回試写日だったという。果たしてこれは偶然だろうか。
物語はマルコムXの生涯を大きく三部の構成に分けて描かれる。幼少期から非行に走り、窃盗などの罪で刑務所に収監されるまでの第一部。刑務所内でブラック・ムスリム(ネーション・オブ・イスラム)の教義に出会い、回心し、黒人解放運動の指導者として頭角を現していく第二部。そして、ネーション・オブ・イスラムからの離脱、メッカへの巡礼(ハッジ)を経たスンニ派イスラムへの改宗、そして最終的な暗殺までを描く第三部。3時間を超える大作でありながら、丁寧な時代描写が、その長さを感じさせない。
例えば第一部で描かれるニューヨークのハーレムやボストン時代のマルコムX(当時の愛称はレッド)。彼はド派手なズートスーツに身を包み、コンク(薬剤で縮毛を矯正するスタイル)で撫で付けたヘアに、ブリムの長いハットを合わせているが、これは当時の黒人社会における“イケてる”ファッションであり、ボールルームでダンスを楽しむこともまた重要なカルチャーだった。ちなみに、親友ショーティー役としてスパイク・リー本人も出演している。
時代描写の巧みさに加え、本作を語るうえで欠かせないのが、デンゼル・ワシントンの圧倒的な演技力だ。刑務所でネーション・オブ・イスラムの教えに出会い、眼鏡をかけたマルコムXの姿は、写真で見る本人と瓜二つ。端正でスマートな佇まいはもちろん、所作や話し方に至るまで徹底した研究がうかがえる。いまだに本作でアカデミー賞を獲得できなかったことが不思議に思えるほどだ。また、ネルソン・マンデラが子どもたちに語りかけるシーンも、物語に一層の重厚さを与えている。
*SAMPLE / NOT FOR SALE
マルコムX本人の演説の力強さも特筆すべき点だ。ライミングを駆使した演説は、ラッパー顔負けのリズム感を持ち、後のヒップホップ・カルチャーにも多大な影響を与えた。非暴力を掲げたキング牧師とは異なり、暴力の可能性を完全には否定しなかったマルコムXの過激とも言えるアティテュードは、多くのラッパーたちに刺激を与えてきた。例えば機関銃を手にカーテン越しに外を警戒するマルコムXの有名な写真と、「By any means necessary(=必要ならどんな手段でも!)」という演説の一節を引用した映画のラストシーンは、往年のヒップホップ・リスナーならすぐにピンとくるはず。
KRS-ONE率いるBoogie Down Productionsの名盤『By All Means Necessary』のジャケットは、この写真のサンプリングなのである。マルコムXとヒップホップカルチャーを結びつける象徴的な例だ。ちなみにこの「By AllMeans Necessary」のメッセージは、UNION ORIGINALのプロダクトでもしばしばグラフィックのソースとして用いられている。
*SAMPLE / NOT FOR SALE
また、本作は90年代のストリートファッションにも大きな影響を与えた。配給元のワーナー・ブラザースが想定していなかった3時間超の作品となり、製作費不足に陥ったスパイク・リーは、映画を成功させるためにマイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、プリンスらから協賛金を集め、関連グッズを販売。その売上を制作費に充てたという。「X」の文字が大きくプリントされたキャップやTシャツ、クルーネックを身にまとう若者が街に溢れ、Xは強力なアイコンとなった。90年代以降、2000年代でも多くのストリートブランドがオマージュとして取り入れていったことも記憶に新しい。
KRS-ONE率いるBoogie Down Productionsの名盤『By All Means Necessary』のジャケットは、この写真のサンプリングなのである。マルコムXとヒップホップカルチャーを結びつける象徴的な例だ。ちなみにこの「By AllMeans Necessary」のメッセージは、UNION ORIGINALのプロダクトでもしばしばグラフィックのソースとして用いられている。
*SAMPLE / NOT FOR SALE
また、本作は90年代のストリートファッションにも大きな影響を与えた。配給元のワーナー・ブラザースが想定していなかった3時間超の作品となり、製作費不足に陥ったスパイク・リーは、映画を成功させるためにマイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、プリンスらから協賛金を集め、関連グッズを販売。その売上を制作費に充てたという。「X」の文字が大きくプリントされたキャップやTシャツ、クルーネックを身にまとう若者が街に溢れ、Xは強力なアイコンとなった。90年代以降、2000年代でも多くのストリートブランドがオマージュとして取り入れていったことも記憶に新しい。
今もなおこの映画『マルコムX』の評価が高いのは、マルコムXの生涯を通じて、アメリカに横たわる「人種」という大きな問題を提起し続けるからであろう。2020年、ロス暴動を想起させるBLACK LIVES MATTERムーブメントが起きたように、その問題はいまなお根深い。多様性が叫ばれる現代においても、その構造は大きく変わっていない。歴史は繰り返される。しかし、歴史から学ぶことの重要性を、マルコムX自身が体現していた。アメリカの歴史と文化を知るうえでも、必ず観るべき一本だ。
『マルコムX』 DVD: 1,572円(税込)
発売・販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
TM,®& Copyright©2004 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
※記事公開時の情報です。
TEXT : Satoru Komura
EDIT : Yohsuke Watanabe (IN FOCUS)
今もなおこの映画『マルコムX』の評価が高いのは、マルコムXの生涯を通じて、アメリカに横たわる「人種」という大きな問題を提起し続けるからであろう。2020年、ロス暴動を想起させるBLACK LIVES MATTERムーブメントが起きたように、その問題はいまなお根深い。多様性が叫ばれる現代においても、その構造は大きく変わっていない。歴史は繰り返される。しかし、歴史から学ぶことの重要性を、マルコムX自身が体現していた。アメリカの歴史と文化を知るうえでも、必ず観るべき一本だ。
『マルコムX』 DVD: 1,572円(税込)
発売・販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
TM,®& Copyright©2004 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
※記事公開時の情報です。
TEXT : Satoru Komura
EDIT : Yohsuke Watanabe (IN FOCUS)